省エネ人生へ通じるマインドフルネスは、不透明な時代をストレスなく生き抜く知恵でもある。 医学博士 早稲田大学人間科学学術院教授 熊野宏昭さん 後篇


大切なのは「注意を分割」して広角で現実を感じ続けること

編集部:前回はマインドフルネスとは「心閉じない、飲み込まれない」で「現実を等身大に感じる」状態、というお話を伺いました。今回は、さらにマインドフルネスの手法について教えて下さい。

熊野:マインドフルネスでは注意(意識)の「集中」よりも「分割」が重要であると考えるとわりとわかりやすいです。
私自身は、マインドフルネスの本質は「注意の分割」だといってもいいかなと思っていますが、その際「同時に複数のものに気を配る」ということがとても大切になります。

瞑想には集中瞑想と観察瞑想の2つがあり、一般的に瞑想というと集中する瞑想を思い浮かべる方が多いと思います。ただ、マインドフルネスとの関係でいうと、集中瞑想における一点集中は集中した先の一点はビビッドに感じられてもそれ以外は意識できません。目の前に広がっている現実をなるべく等身大に捉えるためには、観察瞑想における同時にいろんなものを感じるという心の働きが重要なのです。マインドフルネスが目指している状態は、注意(意識)が分割されていて、現実のいろんな側面が捉えられている状態なのです。
そして同時に、注意の分割はマインドフルネスを実現するための手段にもなっています。

 

編集部:同時にいろいろなものを感じ取るための手段でもあるのですね。

熊野:我々の心のキャパシティはかなり限られています(これを注意資源といいます)。みぎ・ひだり…と規則正しく歩きながら100-7、93-7、86-7……と計算を続けてみてください。かなり難しいことがわかります。つまり限られたキャパシティを、いろいろなものに注意を分割して「現実を感じる」ことで先に使ってしまえば、余計なことを考えることはできなくなるので、バーチャルな世界に飲み込まれることなく、どんどん現実がリアルに見えてくるということが起こるのです。
自分から考えないでおこうとすると容易に心を閉じることになってしまいまいますが、注意の分割から入ると考えが生まれる余地がなくなり、結果的に現実がありありと感じられるようになります。

今日、取材のためのこの研修室へ来る途中バスを降りた瞬間、目の前にキャンパスがワーッと広がって「あ~秋の夕方で気持ちいいな~」と、いろんなものを感じたと思います。その状態がマインドフルネスです。注意が分割されていて現実がスッと自分の中に入ってくるのです。

 

「省エネ」でストレス知らずの人生を手に入れることにつながる

編集部:では、マインドフルネスな状態であり続けることのメリットというのは何なのでしょうか?

熊野:それに関しては、「目の前にあるやるべきことができる」という点と、無駄なエネルギーを使わないで「省エネに生きる」という2点を挙げることができます。

「心ここにあらず」だと、目の前にあって今やらなくてはいけないことができないというのが大きな問題です。人から相談を受けているとき、ちゃんと「ここ」にいないと相談相手にならず信頼関係が崩れます。また、「集中してこの仕事を終わらせよう」と思っているのに、5分毎にニュースサイトやメールをチェックしていては仕事が進みません。どちらも目の前のことがきちんとできていなくて困りますよね。

また、うつ病の方は過去のことを何度も思い出し(「反すう」といいます)、後悔して自分を責めますが、これはやればやるほど落ち込んでいきます。一方、不安症の人は、将来や未来のことを「もしこんなことになったらどうしよう…」と取り越し苦労をして自分で自分の不安を大きくしていきます。これは、どちらもエネルギーを大量に使っていてすごく疲れるのです。

なぜなら、反すうや取り越し苦労は、まず目の前にある不安や落ち込みを「感じない」ように抑え込んで回避することに非常にエネルギーを要します。また、自分から切り離しているものは、元々は自分の心の中にあったエネルギーで、こちらも使えなくなります。ダブルで損をしているわけです。
ですから「回避」を続けることはすごく疲れるし、どんどんストレスが溜まり、うつや不安もひどくなっていくという悪循環を引き起こしていくわけです。

 

編集部:体験の回避がエネルギーの無駄遣いというのは、実感としてとてもよくわかります。

熊野:それに対してマインドフルネスであれば、無駄なエネルギーは使わず現実をきちんと捉えて、目の前にあるやるべきことがその都度できるわけです。つまり、マインドフルネスは「省エネ」で生きていく方法でもあるのです。

 

 

回避の沁み込み度合いや目指すライフスタイルに応じたマインドフルネスを

編集部:臨床で適用が難しいケースはあるのでしょうか?

熊野:病気のレベルにまでなっていると工夫が必要になります。例えばうつ病という病気は、脳がもう働くなってエネルギー切れの状態です。こういうときはマインドフルネスだけでは難しくて、最初にちょっと脳を動かしてあげる必要があります。ですからうつ病の方にはまず行動活性化という働きかけをすることが多いです。
まずは少しでも元気が出てくるきっかけとして、とにかくちょっとでもやってみていいなと思うこと、楽しいことを増やしていきましょう、というところから入っていきます。そして、マインドフルネスの中でも「注意訓練」という注意のコントロールだけを取り出した方法があるのですが、身の回りで聞こえている複数の生活音を用いて注意の集中、切り替え、分割の練習を何度もやっていると脳のアクティビティ自体が上がるので、そういう単純な練習から始めます。そうやってきちんと準備をしてからマインドフルネスにつなげていくと症状が良くなることが多いです。

一方で、不安障害の方は、全般的に元気がよくて余計なことをし過ぎている傾向があります。パニック障害にしても社交不安障害にして全般性不安障害にしても同じで、本人が「これがいい」と思っていることが裏目に出ることが多いので、そこが理解できると短期間で良くなる方が多いです。こういう方たちには最初からマインドフルネスを行います。5年間も特急も飛行機も乗ったことがないなんていう不安障害の方が5回くらいで大丈夫になるケースもあります。

 

編集部:先生は今でも毎日マインドフルネスを続けていらっしゃいますが、やはりずっと続けるのが良いのですか?

熊野:それは、本人がどのレベルを望んでいるのかによります。今ある不安や鬱がなんとかなればいいのか、生き方自体をなるべく省エネにして余計なストレスを抱え込まず現実に沿って生きていきたいのか、あるいは、生活の中で一部でもマインドフルな時間を持てれば心が落ち着き現実ともつながるので十分と考えるか…人それぞれでいいと思います。

ただ、うつの人はある程度行動活性化を繰り返すことによってエネルギーが少しずつ回復してきますし、実際にマインドフルネス瞑想を続けた方がうつの再発が少ないというデータも出ています。

 

 

現代人が忘れてしまった「心のありよう」を呼び覚ます

編集部:現代社会におけるマインドフルネスの重要性、さらに今後についてはどのようにお考えですか?

熊野:私が理事を務める認知・行動療法学会のマインドフルネスのワークショップは今年も満席でした。2007年から10年経っても盛況なところをみると、何か重要なメッセージや必要とされる能力やスキル、生き方に通じるものがあり、それをみなさん感じ取っているのではないかと思います。こと日本においては単なる流行ではないなと思っています。

マインドフルネスは日本語では「気づき」と訳します。そして、日本文化のそこここに息づく禅の精神に通じるものなので、私たちにとってそれほど特別なものではありません。剣道、合気道、茶道、華道…など武道や芸道の類はいずれもマインドフルネスという心の使い方を鍛えるためのものだったのだと考えるとわかりやすいです。大学生に説明しても特に習ったわけでなくでもスッと理解できるもので、私たち誰もがどこかで知っているのに忘れていることなのでしょう。

現実が等身大に見えると逃げても隠れても仕方がなくなります。今のように何が起こるかわからない時代には、考えて分析して予測して動くこともいいですが、それよりも現実をありのままに感じて見ていくことの方が、疲れないですし、その都度適切な対応ができるのでマッチしているのではないでしょうか。
そういう意味でも、先の見えない世の中を生きる現代人にとって、マインドフルネスは意味があるのでしょうね。もちろん、私はこれからもずっとマインドフルネス人生を歩み続けたいと思っています。

 


熊野 宏昭(くまの ひろあき) HIROAKI KUMANO

早稲田大学人間科学学術院教授、同大学応用脳科学研究所所長。認知・行動療法、アクセプタンス&コミットメント・セラピー、マインドフルネスなどの行動医学的技法を用いて、特に医療場面で短期間で大きな効果を上げるための研究を行っている。
早稲田大学心理相談室において相談補助員の指導に当たるとともに、綾瀬駅前診療所・赤坂クリニック・新座すずのきクリニックにおいて、心理師と協力しながら、パニック障害、うつ病、摂食障害、心身症などの診療も行っている。


編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部


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