自分の内側を統合していける人、それが大人の女性です。 産婦人科医・医学博士 対馬ルリ子さん 前篇
今回の「こころトーク」は、産婦人科医で女性外来の先駆者でもある対馬ルリ子さん。長年医療現場の第一線に身を置きながら、女性医療ネットワークや女性ホルモン塾などを通して、女性のヘルスリテラシー向上、国の政策提言に至るまで女性の生涯を通じた健康支援を精力的に行います。ホルモンに左右され自律神経も弱りがちな女性のこころとからだのこと、自身もプロから習っているという最新セルフケアなど、「内なるエネルギーを高めて!」という応援メッセージと共に、前篇・後篇2回に渡ってお届けします。
「自分はこうしたい!」という、明るいエネルギーが不足している
編集部:どうぞよろしくお願いします。まず先生は、30年以上女性のこころとからだをサポートされていますが、最近特に問題だと感じられることはありますか?
対馬:全体的に日本の女性たちがパワーダウンしていることが気になりますね。「自分はこうしたい!」という明るい希望や強い意志などのエネルギーが少ないと感じます。
日本は同調圧力が強い国ですから、小さい頃から「いい子でいないといけない」「頑張らないといけない」と言われて育ちます。そんないい子のまま社会に出るので、人の顔色をうかがったり、誰かのために頑張る、後ろ指刺されないようにする、、、といったことにエネルギーを使ってしまって、自分の内側の本当に大事なところにエネルギーが蓄えられていない人が多いのだと思います。
本来は、子どもの頃から「人と違っていい」「自分が人と違うところは個性だし長所なんだ」と信じて育ってこないといけないのですが…。まずは人の顔色を見て、空気を読んで、とトレーニングをされて育つので、「あなたはどう思う?」と質問しても、自分はそれが好きなのか、嫌いなのか、快なのか、不快なのか、そういう自分の感情ですら希薄で、きちんと答えられないケースに遭遇します。
編集部:女性の身体のエネルギー不足という言葉はいろいろな所でよく耳にします。
対馬:そもそも食べるモノが貧困になっているという、割と物理的な原因も大きいと思います。食べているものが、コンビニ野菜とか、おにぎりとかパンだけとか、究極までカロリーを落とした食事を目指したり、、、。そもそも食べる意欲や喜び、基本的な栄養に対する知識が非常に軽く見られているのが問題です。
実際、女性の場合は鉄分をはじめ、ビタミンB群、カルシウムやマグネシウム等のミネラルも不足しています。また、良質な脂も足りていません。人間の細胞膜は脂質でできていますし、性ホルモンもコレステロールで作られるわけで、その原材料となる脂分をきちんと摂ることは非常に重要ですがその意識は希薄です。肉、魚・大豆といったタンパク質をもりもり食べる、食物繊維をたっぷり摂る、といった基本的な食事にもっと意識を向けるべきですね。
ホルモン変動の大きい女性は、そもそも自律神経が弱りがち
編集部:女性ならではのホルモンや自律神経の観点から気になることはありますか?
対馬:女性はホルモンの波に乗って生きていますからそのバランスによってメンタルも左右されがちです。特に仕事をしている方に多いのですが、生理などで生産性が落ちると、「自分はダメだ」と思って自己価値観を失いやすいと感じます。
また、お子さんが巣立ったり親を亡くしたりしたタイミングと更年期が重なった方が受診されるケースも多いですが、「毎日が虚無です」「毎晩色々考えていると不安で眠れません」などと訴えられます。こういうときの私からのサジェスチョンは「考えてないで動いて!」です。ぐるぐると考えてばかりいると、自律神経はどんどん弱っていきますから。
編集部:自律神経が弱くなるとは?
対馬:自律神経とはそもそも、呼吸をしたり、心臓を動かしたり、体温調整などをして、私たちが生きることを助けてくれる神経です。それが身体を動かさないで脳ばかり酷使して思考している状態が続くと、バランスを崩していくのです。女性はもともとホルモン変動が大きいので自律神経が弱いのですが、それがますます弱くなっていきます。
ですから、ぐるぐると考えてしまうときは、散歩をするとか、家事をするとか、身体を動かすことが大事です。
女性の一生における人間関係ストレスとは?
編集部:それでは、現代女性が直面しているストレスに関してはどのように捉えていらっしゃいますか?
対馬:ストレスというのは自分の外にある人間関係が大きく関わります。そういった人との関係性でいうと、まずは誰にでも当てはまることですが、周りに「イヤな人がいる」状況が多いですね。話が合わない、気が合わない、会社などで嫌がらせを受ける、といったものです。
あとは、女性の場合、「育児と家事」の忙しさがあります。自分も働かなくてはいけないのにワンオペ育児状態で、誰も助けてくれない。これは物理的な面だけでなく心理的な孤立感も伴い大きなストレスになります。
そして、最近多いと感じるものに「親子の関係」があります。親の介護が大変であったり、親をみてあげられない自分への罪悪感であったり。また、年老いた親に「お前はこうなんだからこうしなさい」と言われて、親に叱られていた幼児期に気持ちが退行してしまい、「やっぱり自分はダメなんだ…」というダメダメ気分でみじめになってしまう。このケースもよくあります。
それと、「パートナーとの関係」。生きるエネルギーレベルが低い状態だと、夫といい関係を保ちたいという意識も希薄になります。セックスレスの問題、夫が忙しすぎてボロボロでその反動で情緒が不安定になって浮気に走るケース、夫にずっと虐げられているDV的な問題などもあります。
編集部:女性の一生における人間関係ストレスとは?
対馬:でも、このような環境の中でも自分を貫いたり、自分自身の人生を生きることができるかどうかが大事です。そして、それができるかどうかは、やはり自分の内側の問題が大きいのです。
私は常々、大人になっていくとは「統合力」を持つことだとお話しています。そして、自分自分といっていますが、それは自己中心的とかわがままでいいという意味ではありません。人の話も聴くけれど、それと自分の意見ややりたいことを上手に統合していく、その力が「統合力」で、自分の中で統合が出来ていれば、自分で自分を幸せにできるのです。多様な選択肢のある今、特に働く女性には必要な力だと思います。
編集部:選択には常に葛藤も伴いますから…統合力ってとても難しいと思います。
対馬:そうです。だから人生の目標かもしれませんね。私も人生100年あって良かったと思っています。
日本の女性の場合、一般的に30代40代は子どものことや親のことなど役割も多く、色々なことに翻弄されて目の前のことに必死になっているので、自分の内側の統合ができていないまま年を重ねる人が多いです。
でも、大事なのは人間としてのステージアップで、階段をひとつずつ上る努力を続けていけばいいのです。肩書とか給料とかが上がることではなく、人間としての「品格」を身につけることを目指すことが大事です。
今はリプロダクティブヘルス・ライツ(Reproductive Health Lights/性と生殖に関する健康と権利)の時代です。女性の場合、自分がいつどういうふうに子どもを産むのか、誰とパートナーシップを築くのか、子どもは何人産んでどういう間隔で育てるのか、妊娠したくなければ避妊をする…。状況に拠ってとか相手に拠ってではなく、自分がどうしたいのか?を若いときから意識し、選択し、自分の中で統合しながらステージアップをしていくことが必要なのです。
困ったときには人に助けを求める「受援力」も発動して
編集部:妊娠・出産だけの問題でもありませんね。
対馬:
もちろんです。妊娠・出産に限ったことでなく、日常的な体調管理においても、自分が困ったときに誰かに相談に乗ってもらったり助けてもらったりする力-これを「受援力」というのですが-を身につけていることは大事です。今社会問題としてよく言われていますが、会社に入って困難にぶち当たるとすぐに「辞める」とか「鬱になる」とか、そんな究極の選択のようになってしまうのは残念です。相談できる人や場を持つ、人からアドバイスを受ける力も大いに自分を助けます。
結局のところ、こころとからだは繋がっています。毎日ちゃんと食べて、身体も動かして、そして周りの人とコミュニケーションをとって、困ったときには人に相談し、人の話を聴く。そして、根底には「自分は自分でいいんだ」という明るい開き直りのようなものがある。それが豊かな人生につながると感じます。
後篇に続く
対馬 ルリ子(つしま るりこ)RURIKO TSUSHIMA
産婦人科医 医学博士
1984年、弘前大学医学部卒業後東京大学医学部産婦人科学教室助手、都立墨東病院周産期センター産婦人科医長。2002年、女性総合クリニック ウィミンズ・ウェルネス銀座クリニック(現 対馬ルリ子女性ライフクリニック銀座)開業。2003年に女性の心と体、社会とのかかわりを総合的に捉え、NPO法人 女性医療ネットワークを設立理事長就任。女性の生涯健康支援のためのさまざまな情報提供、啓発活動、政策提言等を行っている。
産婦人科専門医、母体保護法指定医、思春期学会理事、東京産婦人科医会理事他
編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部