「なんとかなるさ~」という大局観が、自分の転機となりました。 慶應義塾大学大学院教授 前野隆司さん 後篇


私たちの行動の90%以上を支配する「無意識」を整えることが大事

編集部:前回、現代社会を生きる私たちは、大人になるにつれて萎縮してしまいがちだというお話がありました。無意識に抑え込まれているトラウマも多いと思います。先生は著書『無意識の整え方』で色々な分野の達人と対話をされていますが、改めて無意識を整えるとはどういうことかを教えて下さい。

前野:今、学術的に「無意識」研究がとても盛んで、サイエンスの大きな流れとなっています。
私たちは意識が心の全部のように思いがちですが、心の中で意識にのぼってくることは氷山の一角で、実は90%以上は無意識の領域であると言われています。無意識と言うとなんだか怪しい響きだと感じる方もおられるかも知れませんが、これはスピリチュアルな話ではなく、脳科学で明らかになっていることです。

そんな無意識の中に、自分では気づかないうちに抑圧しているトラウマもあるし、逆に自分が気づいていない可能性も眠っているわけです。この無意識が私たちの行動の殆どを支配していることがわかっているのですから、無意識にしている行動や思考のクセを知り、整えることは大事だと考えます。

でも、現代の教育は知識詰め込み型になりがちです。カリキュラムに沿って、意識上で完全にわかることを教えてそれを学ぶことが続いてきました。それによって「無意識の中を良い状態に整える」ことを体得する学問――武道や茶道や禅といった昔ながらの「道(みち)」が軽視されています。これは大きな問題だと思います。

 

すべては幻想で錯覚だと気づいて、生きるのが楽になった

編集部:先生ご自身が無意識を整えて、良かったと思われることはありますか?

前野:私自身は、20年ほど前に「自由意思はない」ということに気づき、そこから随分人生が楽になりました。無意識が整ったのだと思います。

自由意志がないとはどういうことかというと、私たちは、「指を曲げよう」と思って指を曲げているつもりですが、脳の電位を測ると、曲げようと思うよりも0.35秒くらい前に脳からは「筋肉を曲げよう」という指令が出ていることがわかっています(カリフォルニア大学リベット教授の実験)。
つまり、「指を曲げよう」と思うよりも前から、指を曲げる手続きは始まっていて、「指を曲げよう」と思った瞬間、そこにはもはや私たちの自由意志はないということなのです。

これは、他の全てのことに通じると考えられます。「おいしいもの食べたい!」とか「お金持ちになりたい!」とか「明日会社行くのがイヤだ!」とか、、、。そういった欲や感情は次々と頭に浮かびますが、そこに、その瞬間に自由意志はないわけです。言ってみれば、そういった思いや感情も含めて全てが妄想であり幻想、錯覚だということです。これは、哲学者ブッダが2500年前に見抜いた無我と同じことだと思います。

「自由意志はない」ということに気づいてから、「すべてが妄想なんだったら、あれこれ悩んでも無駄だな。悩むなんて馬鹿馬鹿しいな」と思うようになりました。人生はすべて仮想世界のようなものである、と考えると、あれこれ悩むよりも今いる仮想世界を思いっきり楽しんだ方がいいじゃないか、と思うようになったのです。これは自分にとって大きな転機でした。

 

「なんとかなるさ~」という確かな感覚を掴んで、鬱(うつ)にはならないと思った

編集部:でも、本当に苦しんでいる人には伝えづらく、理解してもらうのが難しい話ですよね。

前野:そうですね。でも、私自身、自分は元来鬱(うつ)傾向があると認識しています。ストレスにも弱いですし。父も母も抗うつ剤を飲んでいた頃がありましたので、そういう家系だと思っています。

でも、お話したように、どうせ意識にのぼっていることなんて無いんだ、死ねば無に戻るんだし所詮自分は宇宙の一部なんだという全体像を掴んで、「まあ、なんとかなるさ~」と思えるようになってからは、生きるのがとても楽になりました。この感覚を掴むのが鬱(うつ)にならない秘訣だと思っています。

 

編集部:やはり「なんとかなるさ~」ですね。

前野:ええ。悩むなんて無駄、という感じです。この感覚は言葉ではなかなか伝えるのが難しいのですが、これをしっかり掴めると強いです。
例えばマインドフルネスのように、自分の気持ちと向き合って、自分の気持ちがどうなったらどう動くのかを緻密に理解できるようになると、真の「なんとかなるさ~」を掴めるようになると思います。

 

 

ストレスに弱い自分にとって睡眠は不可欠。ぐっすり睡眠の秘訣は入眠儀式

編集部:ところで、現在先生がストレスマネジメントのために続けておられる日課のようなものはあるのですか?

前野:実は転職して大学に移ったらストレスが100分の1ぐらいになったと気づきました。人は、自分にとってストレスの小さい職場や働き方を探していくべきだと思います。

私の場合、サラリーマン時代もやりがいや楽しさは感じていましたが、やはり大きな会社のピラミッド型組織の中で働いて、相当ストレスフルだったのでしょう。当時の自分は自覚はしていませんでしたが。

大学では、本来自分がやりたいことだけをしているといっても過言ではないので、どんなに忙しくてもストレスには感じません。例えば打ち合わせや取材が1日に10件入っていても、それは「今日は10か所の遊園地に行くゾ」という感覚と似ています。いろいろな人と会うことに毎朝ワクワクして出かけます。そして実際、いろんな出会いや発見があって、うちに帰って妻に「今日はこんな楽しいことがあったよ」と話します。この取材もそうですが、そもそも幸せについて語ること自体が幸せですからね。

ただ、睡眠だけはしっかりとるようにしています。

 

編集部:具体的に何を心がけておられますか?

前野:まずは時間です。睡眠は必要だというのが本能的にわかっているので、忙しくても6-7時間くらい、とれるときは8時間とるようにしています。

 

編集部:しっかり寝るための秘訣はあるのですか?

前野:昔うまく眠れなかった時期に妻に相談したら、「あなたは、眠れない眠れないと思うから眠れないだけ。『あ~眠くなってきたな~』と思えばいいのよ」と言われました。信じられないかもしれませんが、騙されたと思ってやってみてください。本気で眠いと思えば眠くなる。脳は騙されるんです。有効な、良い方法です。

それから、あるコーチの方から教えてもらったのは、眠る態勢になって、「手と足が温かくなってきたな〜」と思うという方法です。実際に眠くなると人間の手足は温かくなります。逆に、温かくなってきたなー、と手足に集中していると実際に温かくなってきます。脳も体も騙されるのです。私の場合、今では「温かくなってきたな・・・」と思った2秒後ぐらいには寝落ちしています。

最近はこの二つを使うとまず眠れます。ただ、かくいう私もサラリーマン時代にストレスを抱えていた頃、何をやってもうまく眠れないこともありました。
大学に転職をして、自分で元々興味のあった心の研究をして、自分も幸せになって、、、と全体が整ったからこそ、今、無意識を騙す入眠の儀式も効くようになったのだと改めて思います。
やはり、睡眠という部分だけではなく、生き方まで含めて全体を整えていくことが大事ですね。

 

自分なりのスイッチを見つけて、無意識に支えられた「安心感」に包まれて

編集部:睡眠もそうですが、これで大丈夫と思える自分なりのスイッチが見つかると強いですね。

前野:そうですよね。人間は学習しますからね。実は、この部屋にかかっている3枚のパネルは実際に私が行った森の写真です。私は、森に行った時の感覚を思い出すと、反射的になんともいえない安心感と自信に包まれて、心が落ち着きます。
著書の中での森の達人との対談にもありますが、私にとって森へ行った時の感覚は、無意識にあった根拠のないネガティブがスーッと消えて、無意識が支えるそこはかとない自信につながる感じです。

いろいろとお話しましたが、私自身研究を重ねた結果として「なんとかなるさ~」の域に辿りつきました。まだまだ問題の多い社会で生きるのは大変ですが、是非、みなさんもまずは自分をいろいろな方向から客観視して、心が落ちつく自分なりのスイッチを見つけてみてほしいと思います。探求し続けていれば、きっと見つかります。まずは自分を愛することから始めましょう。

 

 


前野 隆司(まえの たかし) TAKASHI MAENO
慶應義塾大学大学院教授

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房,2004年)など多数。


編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部


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