女性の生涯を支えるかかりつけ医として、ヘルスリテラシーを高めていきたい。 産婦人科医・医学博士 対馬ルリ子さん 後篇
ホルモンに大きく左右される女性だからこそ、ヘルスリテラシーが身を救う
編集部:前回は、女性のこころとからだ、そして人生におけるストレスなどについてお話をうかがいました。今回は、具体的にケア方法などをうかがいたいと思います。
対馬:女性に限らず人は多かれ少なかれ遺伝子的に弱いところを持っています。また、生活習慣的に弱いところ、そして、女性の場合、男性とは違う女性ならではの弱いところもあります。
一方で、みなさん何かしら自分のいいところ、強みも持っています。遺伝子的な強みもありますし、生活習慣的に蓄えてきた強みもあるでしょう。そしてなんといっても女性ホルモンの強みは生命力があるということです。生き延びる力がありますし、身体に何か悪いことが起こったときに早くサインを出して教えてくれます。ですから、こういった自分の強みをきちんと知ってメリットとして認識することはとても大事ですね。
編集部:先生は、戦略を立てるという言い方もされています。
対馬:ヘルスリテラシーという言葉をよく耳にするようになりましたが、私が普段おこなっている健康セミナーでも、最近はお話する文脈が変わってきています。
一般知識として、女性ホルモンは揺れ動く、近年婦人科疾患が増加している、更年期はこんなふうに大変etc.といったお話はしますが、最近は「それを知った上で、上手く役立てるように戦略を立てましょう」「女性ならではの揺れをコントロールしたり、上手く乗りこなすことで自分のパフォーマンスが上がりますよ」というお話をすることが増えています。
これは私だけがそうなのではなくて、女性医療ネットワークでつながっている先生方もそういうスタンスでお話されていて、大きな流れと言えるでしょう。
編集部:生理痛やPMS(月経前症候群)で辛い思いをしている女性は本当に多いですね。
対馬:多くの人が苦しんでいるPMSですが、ホルモンの仕組みを正しく理解して、「だから私は、こういうときに眠れなくなったりイライラするんだ」「こういう仕組みで便秘になるんだ」といったことを理解するだけで、自覚症状がかなり軽減されることがわかっています。基礎体温をつけるだけでどんどん良くなっていくこともあります。
かかりつけ医を持ち、自分の身体のデータも読める。それが健康管理の基本
編集部:まずは、正しい知識を得るきっかけが大切な気がします。
対馬:欧米の先進国では、1970年代から女性が社会でどんどん働くようになり、働く女性を支える体が国をあげて作られてきました。
例えば、フランスでは15歳から婦人科のかかりつけ医を持ちますし、アメリカでは子どものときからファミリードクターがいて、ことあるごとに相談をします。イギリスやオーストラリアやカナダではジェネラルプラクティショナー(一般医、総合医)とかミッドワイフ(助産師)が女性の検診を行ったり健康相談にのるという医療制度があります。
編集部:ヘルスリテラシーの土壌づくりに家庭という場は大事なのですね。
対馬:私は、10代から自身の心や体の検診や相談を習慣づけることが大事だと言っています。それが就活でもあり、妊活でもあるのです。女性が働いて子どもを産んで育てていくことに対して国も様々な支援策を打ち出そうとしてはいますが、諸外国と比べるとまだまだ本気度が足りないと思います。
医療は日進月歩ですから、最新の知識やお薬や多様なソリューションを本来なら学校、職場、社会、家庭で伝えていくべきです。些細な情報でも、「あっ、そうだったのか」と本人の認知が変わり、行動が変わり、相談相手を活用できるようになり…とつながっていけば、5年後10年後の未来を見た時、人生のベクトルが大きく変わることにつながります。
そして、自分の身体のデータもきちんと読めて、今の状態を知っているということが現代女性の健康管理の基本です。歳を重ねれば自分が続けてきたことに対する自信はとても自分を支えてくれます。結局、毎日何をやっているかがその人を作っていくので、何を食べているか、どういうふうに体を動かしているか、検診は毎年受けているか、、、そういったことの継続が力になります。まずは「少しずつでもいいから、始めてみようよ。続けていこうよ」と言い続けています。
「うつ伏せゆらゆら」で腹圧を高め、肩・首の力を抜きましょう
編集部:それでは、継続できるセルフケアということで、日常的に簡単にできるおすすめの方法を教えてください。
対馬:私は、女性のヘルスケアの領域に理学療法士さんの仕事やコンディショニングの方法をきちんと取り入れたいと思っていて、理学療法士さんたちに最先端の勉強をしてきてもらっています。私もそういったプロのインストラクターに教えてもらっていますので、そのお話をしますね。
簡単にできるケアとしては、まず、「深呼吸」が挙げられます。特に深い腹式呼吸で横隔膜を上手にストレッチでき、自律神経も整い気分も明るくなるのでおすすめします。
横隔膜は大事です。なぜかというと、自律神経は視床下部から始まって頸椎から脊椎、腰椎を通って内臓につながって、命にかかわる心臓を支配し、横隔膜(呼吸)や腸(消化吸収)といった内臓をコントロールしています。そして、それらの中で自分の意思で動かして調律できるのは横隔膜だけなのです。ですから、自律神経を整えるために、横隔膜の上下動させる深呼吸はとても有効です。
もう一つ、「ゆらゆら揺れる」というのも手軽でいいですよ。現代生活では、みなさん身体が緊張して固まっています。そして、肩や首の力は腹圧を高めないと抜けませんが、その腹圧が落ちている人がとても多いです。
私自身、腹圧を高める方法はプロについて色々試しましたが、その中でもとても簡単で続けやすいのが「うつ伏せゆらゆら」です。やり方は、①大の字の体勢でうつ伏せになって床(あるいはベッド)にお腹をピッタリつける ②全身をゆらゆら揺らす これだけです。朝起きて布団の上で3分、寝る前に3分、全身を気持ちよくゆらゆら揺らします。起き上がる前に腹圧高め、寝る前にはリラックスして緊張を解く。これを続けるだけでも全然違ってきます。
編集部:「うつ伏せゆらゆら」は本を読んだときから気になっていました。今晩からでもやってみたいと思います。
対馬:腹圧が高まることで肩と首がフッと落ちて、呼吸もラクになりますよ。
あと医学分野で注目されているのは「抗炎症」です。今、エイジング(老化)は炎症だと言われています。
食べたものは、消化され腸で吸収され、吸収された栄養は血流にのって全身に行き渡るので、ダイレクトにその人の栄養になっています。ですが、腸管の炎症や血管が炎症で硬くなっていたり、あるいは口の中に炎症を起こして、歯周病とか虫歯とかがあると、食べることを通して炎症成分がどんどん体の中に広がり、エイジングを加速させてしまうのです。抗炎症のセルフケアとしては、口腔内はもちろんのこと、膣や膀胱のケアも大切です。
自分の弱さも受容して、「気持ちいいい」と思えるものに敏感に
編集部:それでは最後に、女性たちが心身の揺れと上手につき合いながら豊かな人生を歩むために、応援のメッセージをお願いします。
対馬:私は更年期の51歳の時、突然、膿疱性乾癬にかかり1ヶ月入院しました。すごくストレスがかかっていて怒りまくっていた時期だったのですが、丁度、低用量ピルの休薬期間に入ったタイミングでもあり、女性ホルモンの低下、疲れと重なったのでしょう。脳の興奮が皮膚の免疫系にダイレクトに伝わり、皮膚の下に炎症成分の好球中が溜まって全身水ぶくれになるというひどい炎症を起こしたのです。東大の皮膚科の教授には「これはね、皮膚が怒っているんだよ」と言われました。心の怒りが皮膚に伝わったのですね。でも、この経験が、もう同じようなことはしないでおこうと気をつけるきっかけになりました。
生きていればいろいろと困難もありますし、辛いことで心が弱ってしまうときもあります。そんな時、人は心から慰められるものを求めます。花とか自然とか子どもとか犬や猫とか、、、なんでもいいのですが、自分のこころが和らいで慰められるものを知っていることはとても大切です。年を重ね、弱くなって敏感になればなるほど、そういった温かさを感じるものにダイレクトに癒されます。
「自分はこれが好き」とか「これが気持ちいい」といった感覚に、もっと敏感になるといいと思います。逆に人の意見や周囲からどう思われるかなどには鈍感でいていいですね。
そして、繰り返しになりますが、自分の内側にいいエネルギーを蓄えて、階段を少しずつ上りながら豊かな人生を送っていただきたいです。私も女性の生涯のかかりつけ医、良き相談者として、そして日本のヘルスリテラシーの向上に向けてまだまだ仕事したいと思います。
対馬 ルリ子(つしま るりこ)RURIKO TSUSHIMA
産婦人科医 医学博士
1984年、弘前大学医学部卒業後東京大学医学部産婦人科学教室助手、都立墨東病院周産期センター産婦人科医長。2002年、女性総合クリニック ウィミンズ・ウェルネス銀座クリニック(現 対馬ルリ子女性ライフクリニック銀座)開業。2003年に女性の心と体、社会とのかかわりを総合的に捉え、NPO法人 女性医療ネットワークを設立理事長就任。女性の生涯健康支援のためのさまざまな情報提供、啓発活動、政策提言等を行っている。
産婦人科専門医、母体保護法指定医、思春期学会理事、東京産婦人科医会理事他
編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部