ストレス耐性を高めるカギは、Challenge、Control、Commitmentの「3つのC」です。  パフォーマンス学・心理学 博士 佐藤綾子さん 前篇

今回の「こころトーク」は、パフォーマンス学の第一人者である佐藤綾子さんをゲストにお迎えします。
日本の大学院で演劇評論を学ぶ中で、「日常の自己表現」を科学したいとの思いが募り、39年前にニューヨーク大学に新設されたばかりのパフォーマンス学研究科第一期生に。そして帰国後、1980年に日本に初めてパフォーマンス学を紹介し、今日まで実験と論文発表を繰り返しながら、政治家、ビジネスマン、女性、お年寄りと幅広いターゲットにサイエンスに裏打ちされた理論と実践で自己表現の重要性を伝え続けます。
また、超高齢化とAI化に拍車がかかるこの日本において、「不安を取り除く」ことと「安心を与える」ことができるのは人間しかできないことであり、パフォーマンス学の重要性を改めて確信するに至ります。
パフォーマンス学からみたストレス耐性のチェック法、人との関わり方、さらには心豊かに生きるための笑いの効用など、研究結果も交えたお話を、前篇、後篇2回に渡ってお届けします。


「人間の日常の自己表現」をサイエンスする

編集部:先生は39年も前に、海外でもまだ新しかったパフォーマンス学を学ばれています。当時全く新しい学問を研究しようと思われたいきさつをお聞かせいただけますでしょうか。

佐藤:上智大学の院生だった時、アメリカ演劇の評論を研究していたのですが、やがて舞台上のパフォーマンスよりもドラマティックな日常の自己表現を研究したいと思うようになりました。
しかし当時、日本にはそのような研究をしている大学はありませんでした。それで、ネットもない時代でしたから、フルブライト委員会のカタログを片っ端から調べたのです。そこで、丁度翌年にニューヨーク大学でパフォーマンス学の研究科が開講されることを知りました。

当時私は、上智大学の博士課程に在籍していて夫も子どももいました。ですが、子どもは転校させ、夫には離婚届を出して渡米しました。どうしても、舞台上ではない人間の「日常の自己表現」を科学的に研究したかったのです。アメリカで1979年に確立されたパフォーマンス学を、私はニューヨーク大学で11カ月で修士号を取って帰国し、翌年1980年日本に初めて紹介しました。

 

編集部:科学的に研究する、ということをとても重視されているのですね。

佐藤:「生身の人間が発信する自己表現」がパフォーマンスです。それをサイエンスとして研究することにずっと力を注いでいます。ですから、今でも年がら年中実験をして論文を書いています。

サイエンスとは、同じ条件下で実験を行った場合に、再現性があり検証可能でなくてはなりません。例えば「人は見た目が9割」などと言いますが、サイエンスでなければ他の人がやったら9割が8割になってしまうかもしれないですよね。
私のオリジナルな実験データに「日本人の顔の表情」に関するものがあります。この実験データは私が世界一たくさん持っているもので、どこの筋肉がどう動いた時にどういう心理状態なのか、もっと言えばどういう性格でどういう育ちをしてきたか、までわかります。

現在、私はパフォーマンス学を4つのフィールド――ビジネス、教育、医療、政治――で展開していますが、例えば、選挙に立候補した人が有権者にどう見えるかを表情、声、姿勢まで含めて講座で学んで実践していただくものもあります。サイエンスによるエビデンスがあればこその結果を出しています。

 

ストレスは、受け止め手の「資質」によって良いものにも悪いものにもなる

編集部:現代のストレスには人間関係が大きく影響しています。人と人のコミュンケーションに大きく関わるパフォーマンスですが、パフォーマンス学ではストレスをどのように捉えますか?

佐藤:私たちは全員なんらかのストレスを受けています。でも、ストレスを考える際に、まずはストレスというものの仕組みを正しく理解しておく必要があります。
人の心に重しをかけるものは全てストレッサーと言いますが、たとえ均一のストレッサーがかかったとしても、その影響度は受け止め手の「資質」によって変わるということを知っておくことが重要です。

ラテン語で、良いストレスを「ユーストレス(eustress)」、悪いストレスを「ディストレス(destress)」と言います。
例えば、英語のスピーチ実験で「明日国際会議で発表しろ」と言われると、英語の得意な人はすごく張り切るけれども、英語の苦手な人が同じことを言われるたら眠れなくなるというものがあります。この場合、前者にとっては英語のスピーチが善玉ストレッサーとなりますが、後者にとっては悪玉ストレッサーです。同じストレッサーがかかっても、受け止め手の「資質」によって重荷になったり励みになったりするわけです。

それともう一つ、ストレスの寡少(少ない)もあります。
2015年に『スタンフォードのストレスを力にかえる教科書/ケニー・マクゴニガル著』が出版されました。この本の中では、ギャラップ調査でストレスの多い人と少ない人の寿命を比べたところ、ストレスのある人の方が長生きをしていたと書かれています。

「ストレス過剰(over stress)」と「ストレス寡少(under stress)」、どちらも過ぎるのはよくはないです。しかし、その量は何キログラムになるとダメで何キログラムまでなら大丈夫と一概に言えるものではなく、これも受け手の「資質」によって変わってくるのです。

 

編集部:それが、こちらの図(下図)にある、横軸が「ユーストレス」か「ディストレス」か、縦軸が「ストレス過剰」か「ストレス寡少」かの図になるわけですね。

佐藤:そうです。これはストレスマネジメントを考える際にベースとなるもので、私がパフォーマンス学の観点から考案したオリジナルの分類表です。

ストレスマネジメントを行うには、まずは自分の「資質」を知ることが大事です。
自分はどのくらい「ストレス耐性(Hardiness)」があるのか、自分がストレスに弱いのか強いのかを、この表で冷静に棚卸できることが望ましいですね。

 

出典:国際パフォーマンス研究所 佐藤綾子

 

まずは「3つのC」で自分のストレス耐(Hardiness)を知る

編集部:既にストレスで弱っている人や、自分を客観的にみることがあまり得意でない人ができるストレスマネジメント法はありますか?

佐藤:心が病んでしまうと自分を冷静に見られなくなるので、先ほどの表を使って自分を俯瞰して棚卸することが難しくなります。そういう場合は、ストレス対処として「3つのC」を行います。

「3つのC」とは、①Challenge(挑戦) ②Control(統制) ③Commitment(関わり)。一般的には、これらの「3つのC」を高く持ち合わせる方がストレスを超えられるストレス耐性(Hardiness)が強いということになります。
まずは、この3つの資質を自分がどのくらい持っているかを知ることからはじめます。自分がふだん様々な場面でどのような行動や言葉に出るか、わからなければ周りの人に聞いてみてふだんの自分がどういうパフォーマンスをとっているか教えてもらいましょう。

 

 

編集部:3つのCを順に説明していただけますか。

佐藤:まず、Challengeですね。これは、何かを頼まれたときや目の前のコトに対して、「やりまっせ!」「やらせて下さい!」とチャレンジングな反応をとるか、逆に「できないかも・・・」「失敗したらどうしよう・・・」「○○さんとやるならいいけど・・・」などチャレンジから逃げるかです。
日ごろ自分がどちらが多いかを振り返ってみましょう。自分でわからなければふだんどういう反応をしているか、身近な人に聞いてみましょう。

次に、Control。自分でものごとを統制できない状態もストレスになります。例えば「(異動で)香港に飛ばされた」「上司に資料を作らされた」など、誰かに「された」「させられた」という言い方ばかりする人がいます。
一方で、同じ状況下でも「海外でも働いてみたかったし、今回の異動はいいチャンスだ」「みんながわかるようシンプルな資料を作ってみよう」といったように前向きに考え直すことが出来ると、自分で自分の状況をコントロールしているということになります。

そして、Commitment。これは様々な身の回りのコトを、「自分には関係ない」と思うか「自分にも関係ある」と思かということです。それによってストレスの感じ方や疲れ方が違ってきます。
例えば、家の前の雪かきを考えてみましょう。自分の家の前だけで済ませてお隣や近所のことはお構いなしという人は関与が低い人。
一方、お隣の所も大変だからちょっとやっておきましょう、とアクションを起こす人は関与が高い人。
関与すれば、これをきっかけでお隣さんと会話が生まれて関係性も良好になっていくわけです。PTAの会長やってくれない?と言われて、ただただ「できません」と突っぱねるのではなく、「会長は無理だけど会計ならできます」と言えばそれはこの案件に関与していることになり、人間関係も広がっていくでしょう。
私の経験上、コミットメントのスコアが低い人は人脈が小さいです。そして私流の言葉でいうと「ケチ」な人ですね。自分だけ良ければ良いと思って他人に何も与えない人になっていないか、ふだんの自分を振り返ってみて下さい。

 

編集部:この3つは、自分でも振り返りやすくて、周りの人に聞いてみることもできそうです。この3つは仮にスコアが低くても努力して高くするべきですか?

佐藤:べきかどうかはなんとも言えませんね。中には、私は放っておいて欲しいと言う人もいるでしょうから、一概に3つ全てが高くなくてはいけないというわけではありません。類まれな才能の持ち主や天才なら、コミットメントしなくても人は寄ってきてくれるかもしれません。
でも、ごくごく一般の人ならば3つのCは高い方がストレスマネジメントがしやすいですし、社会全体としても、3つのCが低い人は持ちあげた方がいいと言えるのではないでしょうか。

私のおこなっているパフォーマンス学は、表れている行動を変えることです。
3つのC――挑戦してみる、コントロールする、関与してみる――それを高めるための「動作」と「表情」と「言葉」を使い続けるように助言するのが、私の大事なミッションです。

後篇に続く

 


佐藤 綾子(さとう あやこ) AYAKO SATO

ハリウッド大学院大学教授・日本大学藝術学部講師
日本大学校友会桜門社長会顧問

信州大学教育学部卒、ニューヨーク大学大学院パフォーマンス研究学科卒(MA)、上智大学大学院英米文学研究科卒(MA)、同博士課程修了、立正大学大学院心理学専攻、博士(パフォーマンス学・心理学)
パフォーマンス心理学の第一人者として、累計4万人のビジネスリーダーとエグゼクティブ、首相経験者含む54名の国会議員等のスピーチ指導。単著単行本191冊著作累計319万部。(2018年現在)


編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部

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