未来の子どもたちのためにも、誰もが気軽にカウンセリングが受けられる世の中にしたいです。 看護師・保健師・産業カウンセラー 吉川淳子さん 後篇

言われたそばから「忘れる」ことが、生き延びる術だった

編集部:ご自身のことを、どんな嫌な言葉をかけられても気にしない、忘れるのが得意な性格と仰っていますね。

吉川:そうなのです。本当に、いいことも悪いことも悪気なく忘れることができます。子どもたちにはよく叱られますが(笑)。でも、実はこれには私の育った環境が大きく影響しているのです。

私の母親は、とにかく自分の理想に当てはまらないと気が済まなくて、そうでない人は子どもであろうと全否定するタイプでした。
思い通りの枠にはめたくて束縛してきますから、私は幼い頃から何か言われても忘れることで生き延びて来ました。それが自分という存在をかろうじて保つ手段だったのですね。幼少期から、何を言われても「自分のことじゃないことにしよう」と思う思考のクセが自然と出来てしまったようです。

 

編集部:そうだったのですね。ただ、カウンセラーにとっては、クライアントの話をいい意味で忘れて引きずらないというのは強みに思えますが。

吉川:本当に。今となってはそんな母親に感謝ですね。
もちろん、私も健康管理室を任された頃はまだ30代前半で、保健師としての経験も浅く、クライアントの話を引きずって、「こんな私で本当にいいのかな?」などと悩みました。

でも、そのうち子どもが二人になって、仕事の感情を引きずって家に持ち帰っては子どもたちに良くないと思い、帰りの車の中で大声で歌を歌ったりして、リセットできるようにトレーニングを重ねました。
そんな経験も踏まえて、今ではカウンセリングが続いても、目の前のクライアントに対して毎回まっさらな気持ちで向き合えるようになっています。たとえカウンセリングがあまり上手くいかない日があったとしても、「次こそはもっと何か出来るハズ。この次がんばろう」と、常に前向きです。

 

母親を悪く思いたくない男性、母親との葛藤を乗り越えたい女性

編集部:ところで、先ほどお話に出た母親との関係ですが、毒親というような言葉を最近よく耳にしますね。実際に大人になってトラウマで苦しむケースは多いのでしょうか?

吉川:私のクライアントには、まるで私が引き寄せているかのように、毒親に育てられた人が多いです。でも、男性と女性とで若干傾向の違いはあります。

男性は、「親を悪く思いたくない」という気持ちが強くて、信頼を築き解きほぐすのに時間がかかります。一方で女性は、「母親のせいでこうなった」「(母親との葛藤を)乗り越えられない」と既に母親との関係性に気づいた上で前に進みたくてカウンセリングを受けに来るので、私のことを信じてもらえるのも早いです。

 

編集部:男性の方がほぐすのに時間がかかるのですね。

吉川:男性って、ふだんから飲んで話をしても、仕事の話とか表面的な話がほとんどで、自分自身の内面はあまり出さないですよね。過去のことも今のことに対しても、自分の心に向き合っている時間が少ないと思います。

 

「社会人デビュー」と「人生後半」、世代は違えど「自分」が見えず本気で苦しむ大人たち

編集部:男性といっても、最近の若い世代は母親との距離感がだいぶ変わってきていると思いますが。

吉川:そうですね。私が感じるのは30代半ば、35-36歳を境にした上世代、下世代で違いがあると思います。その辺りで育てられた親のタイプが変わります。

私も含めた上世代の親は、先ほどもお話したように「あるべき論」で子どもを縛る親です。こういう親に育てられて、ずっと親の言いなりや社会通念上の枠内で親の理想像を演じて生きた人が多いです。そして、社会人になって一生懸命仕事もしてきたけれど、人生後半戦に差し掛かって、はたと「本当の自分は何がしたいのだっけ?」「本当の自分は違うんじゃないか?」と壁にぶち当たって「うつ」になってしまうケースが見受けられます。

一方、若い世代の親は、とてもやさしいです。でもそのやさしさが仇で、「レールを敷く」タイプが多いです。すべて準備してその上を歩かせたがるので子どもが自立できないのです。小さい頃から自分で決めて失敗をするという経験が不足しているから、社会人になって、はたと「何がやりたいのかわからない」と気づき、自分自身がわからなくて苦しむ人が多いです。当然ながら意欲もなく、勢いがないです。

こういう若い世代は、私たちの世代から見ると一見何不自由なく恵まれて育ってきていると思いますから、会社の上司などは彼らの葛藤がなかなか理解できません。そして、当の本人は会社で何か言われると、「自分は通用しない・・・」「自分はダメな人間だ・・・」と短絡的になります。そうやって「うつ」になった20代の男性は私のクライアントにもいます。

ただ、上世代も若い世代も、どちらも「自分が見えていない」ということと「本気で苦しんでいる」というのは共通です。

 

きちんと向き合えば95%の人は「うつ」から回復できる。残り5%の人たちは「変化すること」から逃げたい人

編集部:そういう生育環境までを知ってこそ、カウンセリングが深まるということでしょうか。

吉川:そうです。カウンセリングで「この人なら言ってもいいかも」と思ってもらうためには情熱と好奇心が必要です。この好奇心というのは目の前の人をできる限り理解したいという意味です。

傾聴だけでは出てこないことを、こちら側へグッと引き寄せないと「うつ」を回復へ導くのは困難です。目の前のクライアントは、本当に何に苦しんで、何にひっかかって、過去にどんなことがあったのか?まで含めて全部をとことん知らないと解決できません。

経験を重ねると、話を聴いていて「この人はまだ何か話していないことがあるな・・」というのがわかります。それも含めてすべてを引き寄せるためには、やはり「絶対この人を笑顔にするんだ」という意気込み、気迫が伝わらないと難しいと思います。

 

編集部:吉川さんは、95%はうつから回復できると仰っていますが、残りの5%は何が阻害要因となるのでしょうか。

吉川:95%というのは、私を信じてきちんと自分と向き合ってカウンセリングを受けてくれればという意味です。一方で残り5%というのは、自身が変わることに強い拒否感をもつ方たちです。変化した自分、変化したスタイルに恐怖を感じるという人はどうしても一定数いるのです。

 

 

自身がカウンセラーになった原点でもある、「ちょっと悩んだらカウンセリング」が受けられる社会を実現していきたい

編集部:最後になりますが、これからも「うつ」回復を専門にやっていきたい気持ちが強いですか?吉川さんの今後の抱負をお聞かせください。

吉川:うつ病を理解するのは、医療職でも難しいと感じていますし、みんなが敬遠しがちなので今後も全力でサポートしていきたいです。
また、将来的に誰もが気軽にカウンセリングを受けられる社会にしたいと思っています。日本ではまだカウンセリングの認知度が低いですが「ちょっと悩んだらカウンセリングを受けよう」という社会になればいいなと思います。

そして、毒親のお話も出ましたが、子どもの未来のために今のお母さんたちを支えたいと思っています。彼女たちの親との良くない経験がそのまま子どもに引き継がれないよう、特にシングルマザーに低価格でカウンセリングを受けられるようにしたいです。
実は今、自宅からすぐ近くにある保育園で週2回看護師もしています。今の母と子どもの関係性を間近に実際にみることで、私の問題意識や感性を鈍らせないようにしています。

もともと私は子どもが好きで、大学卒業後は小児科の看護師になったくらいです。なによりも園児と接することで私自身元気がもらえますし、リフレッシュできます。子どもたちの元気も原動力にしながら、誰もが気軽にカウンセリングが受けられるよう、一つずつ形にしていきたいです。

 


吉川 淳子(よしかわ じゅんこ) JUNKO YOSHIKAWA
看護師・保健師・産業カウンセラー

1988年千葉大学看護学部卒業。聖マリアンナ医科大学病院小児外科病棟看護師、社会保険健康事業財団保健師、看護学校非常勤講師などを経て、化学メーカーの健康管理室の保健師を3人の子育てをしながら14年勤める。2014年カウンセリングルーム シリウス設立。年間の対面カウンセリングはのべ200件以上。企業研修、看護大学非常勤講師、女性専用の電話相談「ボイスマルシェ」専門カウンセラーとしても活躍中。共著『カウンセラー物語〜心に寄り添う21人の軌跡〜』(2018年,湘南社)


編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部

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