幸せになるには、ある程度の「いい加減さ」が必要です。 慶應義塾大学大学院教授 前野隆司さん 前篇

今回の「こころトーク」のゲストは、「幸せの研究者」と呼ばれ講演や取材依頼が引きも切らない前野隆司さん。現在、慶應義塾大学大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科の教授ですが、元々はロボット工学の研究者で、キヤノン株式会社勤務などを経て現職に至ります。
幸せの研究をされているから、さぞやハッピー尽くしの人生を送られてきたと思いきや、実は、ご両親譲りの生来の神経質な気質を自負し、サラリーマン時代は上司の一言に傷つき眠れない日もあったとか。大学の研究職に移った時にストレスが100分の1に軽減したと感じたそうです。
どうしてロボットの研究者が人間の心の研究を??という興味から始めたインタビューは、ご自身の鬱(うつ)気質のお話や、ストレスに弱い前野さんが「もう大丈夫」と心から思えるようになった研究の積み重ね、そして気持ちが落ち込んだ時に役に立つメタ認知のお話などに発展し、インタビュー終了後は不思議な安堵感と幸せな気分に包まれました。
前篇、後篇2回に渡ってお届けします。


 

元々興味があったのは「人間の心」。
「感動」と「ワクワク感」の研究を通して社会のシステムを変えていきたい

編集部:先生の研究やご活動はとても広範に渡っていますが、現在最も力を入れていらっしゃるテーマというと何になりますか?

前野:私がいる大学のシステムデザイン・マネジメント研究科は、あらゆる問題を部分最適ではなく全体問題として捉えて、社会の問題を解決していく研究を行っています。

その中で私は、心をテーマに扱っています。最近は「幸せの研究者」と呼ばれることが増えましたが、「感動」や「ワクワク感」の研究も行っています。
そして、企業経営から家のデザインやまちづくりに至るまで、世の中の製品やサービス全体をどう作っていくと世の中がより幸せになれるか、を日々考え実践しています。

 

編集部:元々はロボット工学がご専門で、ロボットに触感を持たせるにはどうすればいいか?から始まって人の心の研究をするようになったとうかがっています。
とても興味があるのでその経緯を詳しく教えていただけますか?

前野:まあそうではあるのですが、正確に言うと元々「人間の心」に興味があったのです。
覚えている限りでは7歳の時に「死ぬとどうなるんだろう?」と思っていましたし、子どもの頃は「自分はどうして自分なんだろう?」「宇宙はなぜあるんだろう?」みたいな哲学的なことをずっと考えていました。

高校生のとき物理と数学が得意だったので工学部に進み、その中で元々関心のあった人間に近い分野は何か?と考えて機械工学を選び、キヤノンに就職して専門分野を活かしてカメラを作ったりしていました。
でも、やはり知りたいのは「自分とは何か」「世界とは何か」という子どもの頃からの疑問で、33歳の時に大学というフィールドへ移って元々関心のあった人間の研究に転じました。最初はツルツルとさらさらとすべすべをどのように感じ分けているか、というような触感研究もしていましたが、最近は心がどんなときに幸せやワクワク感を感じるかの研究をしているという流れです。

 

必要以上に萎縮してしまっている今の世の中。まずは自分のことを100%好きになって

編集部:人間とは?心とは?というのは永遠のテーマであり、答えがないとも言えますよね。

前野:いえ。認知科学、脳神経科学、心理学の発展により、かなりわかって来ていると言えます。
その中で、私は、「どうすれば人がより幸せになり、世界がより平和になるのか?」ということを追究しています。

心が幸せになるための原理は、実は簡単です。愛です。まずは「自分のことを100%愛する(好きになる)」こと。そして、人は1人では幸せになれないので、周りの人、そして世界に目を向けそれらも愛する(好きになる)こと。自分と周囲、その二つが好きになれれば戦争も妬みもひがみもこの世の中からはなくなるでしょう。

 

編集部:実際には、鬱(うつ)や人間関係の問題などが山積していて、なかなか自分が好きになれない人が多い世の中だと思うのですが、先生は何が問題だと思われますか?

前野:人間は3歳くらいまでは虐待などがない限り、基本的には天国みたいな世界を生きています。つまり、自分を100%好きです。ところが、失敗とかイヤな経験を繰り返して、「あれはやっちゃいけない」とか「自分には限界がある」とか自分の可能性に制限を与えるようになっていきます。生まれた時は大きな存在だったのに、だんだん小さくなってしまう。そういうふうにさせてしまう社会になってしまっているのが問題だと思います。

社会は、みんなが女王蜂みたいな存在でいると成り立たないので、それぞれが役目を持って適度に小さくなってバランスを取っていきます。その時、丁度いい小ささで収まっていれば問題ないのですが、今の社会では妙な負の圧力が強すぎで、みんなが必要以上に小さくなりすぎているのが問題です。教育も、価値観も、働きかたも、言い出したらキリがないほど変えていかなくてはならないことだらけです。

 

日常的に心がけるべきは、「深い対話」と「メタ認知」

編集部:そういう萎縮しがちな現代社会にあって、身近な家庭で出来ることや心がけることといったら何がありますか?

前野:二つあります。一つは「対話」ですね。当たり前のことですが「深い対話」が大事です。親子の会話、夫婦の会話を通して、「何に困っているのか」「何がうれしいのか」をたっぷり時間をかけて話し合う。そうすると、承認され信頼されているという安心感から自分の存在価値を感じることができるので、幸せにつながります。
つまり、一つめは「他人との関係性」の視点です。

二つめは「メタ認知」。認知行動療法でも用いられますが、怒っている時に、「あ~、今自分は怒ってるな~」と自身を上から俯瞰するような「自分との対話」です。
日々、ポジティブな出来事を書き留めたり、人間関係を書き出して見える化するのもいいですね。自分では見落としていた良い点や強みに気づくことができます。
これは、いざガーンと落ち込んで「わ~ダメだ~」となった時に、「待てよ、悩みもあるけど、いいこともあるじゃないか」とか、「自分にはこんな強みがあるじゃないか」と視点を変えて気持ちを楽にすることにつながります。

自分を客観視することはとても有効です。心がうつ状態にあると、気になることに囚われて思考の幅が狭くなりますから、予防的に日ごろからメタ認知を心がけておくことが必要です。

そして、この二つは、まさに先ほどもお話した「自分を愛する」ことと「他人を愛する」ことです。これができれば自分を認め、過剰に委縮せずに生きることができるようになると思います。

 

 

「いい加減さ」「不真面目さ」は大事。ガーンとなったら一旦オフする勇気を

編集部:以前、精神疾患から回復期にある方が、毎日日記をつけて不調のきかっけとなるタイミングを掴んだ辺りから調子を整えることができるようになった、というお話をされていました。

前野:そうですね。風邪のように、かかったかなと思った時に早めに気づいて手当てができれば良いのですが、鬱(うつ)になる方は、自分の内側を感じるセンサーが弱っていることが多いので、変化に気づかないである時急に朝起きられなくなったりするのだと思います。

私なんか、もともとすごく神経質ですから、誰かにイヤな事を言われたりすると、すぐにガーンと傷つきます。
そんな時は、一旦しっかりオフにすることが大事です。風邪で微熱があったら早めにしっかり寝れば治るのと同じ原理です。「あ~イヤなことを言われて落ち込んでるな~」と思った時に会議が入っていたら、「ちょっと急用ができたので・・・」とか言ってパスすることはできるわけですよ(笑)。でも、真面目な人は「わ~イヤだな~」という気持ちに気づいても、「いや、でもやらなければならない!」と思って無理をします。そういう真面目な人は鬱(うつ)になりやすいとも考えられています。

 

編集部:いい加減さって大切ですね。

前野:そうですね。私の研究では「幸せの因子」は4つあり、そのうちの第3因子が「なんとかなる因子(前向きと楽観の因子)」です。ある程度いい加減であることは幸せに生きるためには重要です。いい加減というとネガティブな響きがありますが、ポジティブにいうと、ルールに縛られ過ぎないということです。

時間厳守の人より、ちょっとくらい遅れても平気な人の方が幸せという研究結果もあります。日本ほどパンクチュアルな国はないですからね。「なんとかなるさ~」と少し気楽に構えることは実はとても大事なのです。

 

後篇に続く

 


前野 隆司(まえの たかし) TAKASHI MAENO
慶應義塾大学大学院教授

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房,2004年)など多数。


編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部

関連コンテンツ