10呼吸と予防医学(後編)

身体的予防

身体的というのは、それほど難しいことではありません。

よくある話が「子供の運動会の父兄参加競技で怪我をした」というのがあります。
これは精神的に把握している身体レベルと、いまの身体レベルにギャップが生じている時に起こります。

若い頃の身体能力をイメージしながら極限に近い運動すれば当然身体に過負荷がかかり破綻を起こすのです。

この予防も含め方略としては自身の身体レベルの再認識を行うことにあります。

日常よりなにかしらのトレーニングを行い少しずつ限界の負荷まで持っていきます。
いまの自身の限界値がわかればそれほど無理をしないのです。

また現在のレベルを維持したい場合、低い負荷量では全く効果がありません。
ご自身のいま持ってる能力が100とすると、通常生活で使うのはせいぜい20-30といったところでしょうか。
この残りの部分は、残念ながら徐々に喪失していきます。

気づいた時には100あったものが50くらいになっていて、ちょっとした運動でも息切れをしてしまうといった経験もたくさんの方がされています。

そして一度低下してしまった身体能力は簡単に取り戻せません。
無くした量が多ければ多いほどです。

負荷量は適切に選択すべきですが、身体に過剰な負荷のない程度と考えると、持っている能力の60-70%を常に発揮する運動に取り組まれるとよいと思います。

これは概ね有酸素運動の枠組みに入り、効率のよい運動とされています。
さらに向上というと、負荷量を増やすことになります。
まずは維持から心がけることが予防の第一歩です。

 

環境的予防


バリアフリーという言葉をよく聞くと思います。
段差をなくし車椅子でも簡単に移動できるようにするために、オールフラットにしたり、ドアを折りたたみ式にしたり、様々です。

しかし住居におけるこれらの障害となり得る構造物は全てが悪いものかといえばそうとも言えません。
日常のバリアーこそ実は身体を鍛錬していることに他なりません。

玄関に少し高めの段差があれば、それを必ず出るとき、帰ってくるときまたぐことにより、下肢の運動に負荷をかけていることになります。
洗濯物を干すときに二階へ上がるのであれば、その階段の上り下りは日常生活にプラスされた運動になるはずです。

いま巷でロボット技術がもてはやされており、これからますます導入されてくると思いますが、それにより本来やるべき行動が奪い取られ運動の経験からますます少なくなってしまうことになりかねません。

環境を「楽」なものにしていくことよりも、生活を「楽しく」過ごせることを念頭におくほうが好ましいのです。

またこの環境とは自宅以外のシチュエーションも同じです。
エレベーターやエスカレーターを簡単に使ってしまいがちですが、時間の余裕があれば階段を使用して運動経験を増やすべきです。

微々たるものかもしれないですが、その小さな「健康貯金」が後々の人生に大きく影響を及ぼします。

研究においても、運動経験の有無により疾病に罹患後の回復が早いという報告もあります。
元気な時こそ環境を自ら変え、たくさんの経験を積み重ねていくことが自ら率先してできる疾病予防なのです。

 

本格的な予防の第二ステージ


本格的といいましても、なにも難しいことをするわけではありません。
端的に言えば「能力を向上させる」ことがなによりも重要なのです。

もちろん維持だけでも十分大変なことですが、年齢とともに落ちてくる心身能力を高めていくことこそ、本来の予防につながるのです。

向上することは大変な質と量が必要と思われるでしょう。その通りなのです。
中途半端な気持ちで取り組むには難題なハードルです。

ただしここで適切な健康を手に入れることができれば、後々の生活が楽しく過ごせることは周知の事実です。

足が痛くて山登りはできません。
肝臓が悪くてはお酒も飲めなくなるのです。

能力向上のちょっとしたコツは「時々少しだけ無理をすること」です。
概ね最大心拍数の60%程度の運動で十分効果がありますが、週に2回、合計1時間ほど、100%に近づける工夫が必要です。

これ以上運動ができないというレベルまで時々持っていくことで基礎能力とともに最大値を上げることができます。
この向上については年齢や性別などは関係ありません。

そういった機会を自分で作れるかが肝です。
また運動は継続して、習慣化することが基本となります。

時々思い立ったように挑戦するのでは余計に体に過剰な負担をかけることになります。
無理のない範囲から徐々に始め、維持から向上に移行できるように専門家のサポートを受けて健康貯金を始めましょう。

<ライター>

田中一秀


高校生から生物に興味を持ち、「将来は海洋生物学者になる!」と決めていたものの、知らぬ間に生物が医学に変わり、理学療法士を目指すこととなる。

在学中はスポーツ・リハビリテーションに傾倒し、筑波大学体育専門学群の様々な授業に参加し、スポーツリハビリテーションの基礎を学ぶ。その後、幼児の発育・発達に興味を持ち、卒業後は肢体不自由児施設、身体障害者擁護施設、高齢者施設などを並行して関わり、ヒトの奥深さを体験する。

学位では放送大学で学士を取得後、修士課程(保健医療学)、博士課程(心身健康科学)に進み、運動学習を中心テーマに研究を続ける。

解剖学、生理学、運動学、教育学、組織論などを中心に研究範囲を広げ、それらを基盤に介護施設を運営している。高齢者・障害者に対して適切な運動指導を行い、結果を出すことを目的に日々奮闘中。

現在のモットーは「心身相関(ココロが変わればカラダも、体が変わればココロも)」。

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