2型糖尿病患者調査より、血糖値の日内変動が大きい人で血管硬化が進んでいることが明らかに。
本研究成果のポイント
- 2型糖尿病患者における血糖コントロール指標と血管硬化との関連性を調査
- 大きな血糖変動が血管硬化に関連することを明らかに
- 血糖変動をコントロールすることが動脈硬化を抑制するために重要である可能性
背景
糖尿病による血管硬化の進展は心筋梗塞や脳梗塞などの心血管イベントの発症を増加させます。従って、糖尿病の治療では、血管硬化の進展を予防することが重要な課題です。これまでの研究で、2型糖尿病患者では高齢であること、血糖のコントロールが悪いこと、糖尿病の罹病期間が長いこと、血圧が高いことなどが血管硬化を進める危険因子であることが報告されています。しかしながら、2型糖尿病患者における日内血糖変動を含む血糖コントロール指標と血管硬化との関連性は明らかになっていませんでした。そこで、今回、血糖変動と血管硬化との関連性を明らかにすることを目的に、心血管イベントの既往歴のない2型糖尿病患者を対象として持続グルコース測定により評価した血糖コントロール指標と血管硬化の指標であるbaPWV(brachial-ankle pulse wave velocity)*4との関連性を調査しました。
内容
本研究では、順天堂医院等に通院中の心血管イベントの既往歴のない2型糖尿病患者さん445名を対象に持続グルコースとbaPWVを測定することで、血糖変動と血管硬化との関連性を分析しました。持続グルコース測定による評価項目は、日内血糖変動の指標と血糖コントロールの指標として、目標血糖値範囲(70~180mg/dl)を満たす割合と治療域より低値である低血糖の割合(70mg/dl未満)、治療域より高値である高血糖の割合(180mg/dlより大きいあるいは250mg/dlより大きい)などとしました。心血管イベントの高リスク因子と定義されるbaPWV≧1800cm/secを血管硬化群、1800cm/sec未満を非血管硬化群と定義し、持続グルコース測定により評価した血糖コントロールの指標とbaPWV≧1800cm/secとの関連性を検討しました。
その結果、非血管硬化群に比較して血管硬化群では、日内血糖変動の指標が高値であり、高血糖の割合(250mg/dlより大きい)が高く、目標血糖値範囲(70~180mg/dl)を満たす割合が低いことがわかりました。しかし、日常の臨床で使用されている過去1~2か月間の血糖コントロールの状態を反映するHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)*5は両群間に差はありませんでした。さらに、年齢、性別、HbA1cや血圧などオーソドックスな動脈硬化の因子を調整しても、日内血糖変動や高血糖(250mg/dlより大きい)の割合が大きいことが、baPWV≧1800cm/secに関連する有意な因子であることが分かりました。一方で、HbA1cとbaPWV≧1800cm/secとの関連性は認めませんでした。このことから、食後の血糖値の大幅な増加などの血糖変動が心血管イベントの発症リスクを増加させる可能性が考えられました(図1)。
以上より、日常の臨床で血糖コントロール指標として使用しているHbA1cではなく、持続グルコース測定により評価した日内血糖変動の指標や高血糖の指標が血管硬化に関連していることが明らかになりました。従って、血管硬化を評価するには、HbA1cの測定のみでは不十分で、持続グルコース測定を行い血糖の変化を把握することが重要であると考えられます。
今後の展開
今回、日内血糖変動が2型糖尿病患者の血管硬化と関連することを明らかにしました。血管硬化が進行し、心血管イベントを起こしてしまうと、患者の寿命が短くなる、あるいは生活の質が大きく損なわれることもあり、経済的な負担も増加してしまいます。持続グルコース測定により評価した日内血糖変動の指標や高血糖の指標を改善させることが、心血管イベント発症の予防策となるかを検証することが重要と考えられます。今後は、日内血糖変動の指標や血糖コントロールの指標が動脈硬化が進行して起きる心血管イベント発症に関連するのかを明らかにしたいと考えています。さらに、それらの指標を改善させることが、動脈硬化や心血管イベントの抑制に繋がるかを検証する予定です。
用語解説
*1 日内血糖変動:血糖は健康な人でも、食事の内容や量、運動やストレスなど様々な要因により一日の中で変化しており、これを日内血糖変動といいます。糖尿病では、インスリンの分泌が低下していたり、あるいはインスリンの効きが悪くなっており、食後の血糖がより増加しやすい状態になっています。また、糖尿病の治療薬の影響などで低血糖を起こす場合があります。このような理由で、糖尿病の患者さんでは、一日の血糖の変動が大きくなります。
*2 心血管イベント: 心血管イベントとは、心筋梗塞や脳梗塞などに代表される心血管系の病気のことです。糖尿病患者さんではこのような心血管イベントによる死亡が多いため、心血管イベントの発症を回避することは糖尿病治療において重大な課題です。
*3 持続グルコース測定: 500円玉大のセンサーを上腕の背部などに貼り付け、皮下の間質液中のグルコース濃度を持続的に測定します。今回使用したフリースタイルリブレプロ(アボット社)は、最長14日間、15分毎にグルコースを自動的に測定・記録することが可能です。装着時の痛みがなく、日常の生活制限はほとんどありません。血糖値は1日の中でも変動しています。持続的にグルコースを測定する事の利点は、これまで把握することができなかった1日の血糖値の変化を知ることができることです。すなわち、食後の高血糖や低血糖、睡眠中の血糖値の推移や薬の効果などを確認することができます。
*4 baPWV (brachial-ankle pulse wave velocity) 上腕-足首脈波伝播速度: 心臓からの血液が押し出される際に生じる動脈の脈動が末梢へと伝播する波が脈波であり、血管が硬いほど速く伝わるという原理を利用して、血管の硬化を簡便に検査できるのが脈波伝播検査です。両上腕、両足首に血圧測定カフ(腕帯)を巻いて、血管を流れる血液の脈動の速さ測定します。
*5 HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー):HbA1cは、体内に酸素を運ぶ赤血球内のタンパク質のひとつであるヘモグロビンとブドウ糖が結合した糖化ヘモグロビンの一つです。血糖値が高いほど、結合しやすくなり、HbA1cは高値となります。過去1~2カ月の血糖の平均的な状態を表し、正常範囲は、4.6%~6.2%です。
原著論文
本研究はCardiovascular Diabetology誌のオンライン版で(2021年1月7日付)公開されました。
タイトル: Association between continuous glucose monitoring-derived metrics and arterial stiffness in Japanese patients with type 2 diabetes
タイトル(日本語訳): 日本人2型糖尿病患者における持続血糖モニタリングにより評価した血糖コントロール指標と血管硬化の関連性
著者: Satomi Wakasugi 1), Tomoya Mita 1), Naoto Katakami 2), Yosuke Okada 3), Hidenori Yoshii 1), Takeshi Osonoi 4), Nobuichi Kuribayashi 5), Yoshinobu Taneda 6), Yuichi Kojima 7), Masahiko Gosho 8), Iichiro Shimomura 2), and Hirotaka Watada 1)
著者(日本語表記):若杉 理美1)、三田 智也1)、片上 直人2)、岡田 洋右3) 吉井 秀徳1)、遅野井 健4)、栗林 伸一5)、種田 嘉信6)、小島 雄一7)、五所 正彦 8)、下村 伊一郎2)、綿田 裕孝1)
著者所属:1)順天堂大学 2)大阪大学 3)産業医科大学 4)那珂記念クリニック 5)三咲内科クリニック 6)たねだ内科クリニック 7)むさし野ファミリークリニック 8)筑波大学
DOI: 10.21203/rs.3.rs-78697/v1
本研究は、日本医療研究開発機構 (循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業、研究開発課題名:血糖変動と心血管イベント発症の関連性を検討する前向き観察研究)、鈴木万平糖尿病財団からの研究助成を受けて行われました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
Selected by COCOLOLO ライフ magazine 編集部