企業内ヘルスプロモーションを推進する、コアとなるカウンセラーを育てたい 産業カウンセラー 渡部富美子さん 後篇
ある所長さんからの依頼で不調社員と面談
編集部:前回お話に出た、こころとからだのバランスを可視化する端末(人差し指をキャップに差し込んで、血流から指尖脈波というものを読み取り、ストレス度やこころの柔軟性を可視化するタブレット端末)を使ったカウンセリングについて、具体的なエピソードを聞かせていただけますか?
渡部:あるとき、地方の営業所の所長から、「診断書を出して何カ月も休んでいる社員がいるのだが、復帰する意思がないようで...」という相談を受けました。
地域とのつながりが密な地域では、休んでいる社員の現況も上司の耳に入ることもあり、「あの社員は長らく休んでいるが、最近見かけたらとても元気そうだった」という話を聞いたが、本当のところはどうなのか、ちょっと会って話をしてきてくれないか、ということでした。
そこで、私は、その方の家の近くのファミレスにタブレット端末(以下、ライフスコアクイック)を持って話を聴きに行きました。
結果は、自己評価で回答した結果は想定通り「不調」の数値スコアが高かったのですが、指先から測定したスコア、つまり本人の身体の状態はとても「元気」という結果になりました。
本音の話し合いを経て社員も組織もハッピーエンド
編集部:自己申告と体の状態が乖離していた、ということですね。
渡部:はい。結果をみた本人自身もびっくりしていましたので、私は結果を解説しながら、「身体と心が乖離しているみたいだけど、何か面談で言い足りないことはある?会社としては、あなたには、いつでも復帰してもらいたいと願っているのだけれど」と言うと、「実は、、、」とそれまでの50分間とは打って変わって、急に本音を語り始めたのです。
その方はとても優秀な社員で、20代にして責任者になりましたが、それと同時に、いきなりベテラン社員と二人だけの営業所に異動配属になっていました。本人曰く、その職場環境がすごくプレッシャーが強くて、又、そこへ復帰するのがしんどいので、つい二の足を踏んでしまっている、という話でした。
依頼された所長も、現状の負担の大きさにはじめて気づかれた様子でした。そこで、もといた営業所へその社員を戻してもう一度やり直そうということで、本人と話し合い、その結果、その社員はすっかり元気になって、私との面談の翌月には無事職場に復帰されました。異動も申請され、組織も社員を辞めさせずに済んだので、結果双方にとってハッピーエンドで良かったです。
巡回面談を重ねることで、変化に気づき早めに手を打つ職場へ
編集部:9年以上かけて全国の営業所を巡回面談されてきたわけですが、会社全体としてはどのような変化があったと感じましたか?
渡部:営業所のトップである所長は、立場上、現場の本音がなかなか聞き出せないところがあり、営業所で全員面談したあと、帰りに送ってもらう車の中で所長自らが本音を言われることも多かったので、これは巡回に行かなければ果たせない役割だったと思います。
「実際に来てもらって、営業所に活気が出て来た」とか「巡回をきっかけに皆で話し合う機会ができた」といった声が本社に上がるようになったときには、手ごたえを感じましたし、とてもうれしかったことを覚えています。
また、巡回を重ねていくうちに、「不調者が出ているから、ちょっと所員の様子をみに来てほしい」とカウンセリングのリピート要請が生まれたことも大きな変化ですね。
編集部:巡回面談の冥利につきますね。
渡部:10人以下の営業所の組織体制では、一人が不調で長期に休むだけでものすごく損失が大きいですから。症状が重くなる前の、「ちょっと心配だから...」という対応が予防につながっていったのは、大きな収穫でした。
相談件数が増える傾向にあった、7月と12月
編集部:渡部さんは、相談件数や月別の傾向などをグラフにまとめたりしていらっしゃいます。月別の傾向などはありましたか?
渡部:一概には言えない部分もあると思いますが、7月に相談件数が最も多くなった理由の一つは、4月入社社員の研修が終わって配属が決まることや、人事異動や転勤で業務内容に大きな変化が生じた後のバタバタが少し落ち着く頃、つまり大きな生活環境変化から3~4カ月後のタイミングに不調が出やすいことを示していると考えられます。
編集部:7月の次に12月に相談件数が多いのは、やはり年末の繁忙期だからですか?
渡部:そうですね。12月は年末で繁忙期ですし、会計年度が4-3月の会社ですと、最後の第四四半期を目の前にして、目標達成率などへのプレッシャーがかかってくる時期というのもあるかもしれませんね。
でも、1月は相談件数が低くなっています。これは、年末年始でゆったりお休みがとれるからだと思います。たとえ多忙であったり、メンタル不調があっても、ゆっくり休んで睡眠がしっかりとれると、気持ちが穏やかになります。また、単身赴任者が家族の元へ帰って症状が落ち着くという傾向もあります。
編集部:渡部さん自身も、ハードワークだったと思いますが、ご自身の管理はどうやっておられたのですか?
渡部:会社から一歩出たら、とりあえず仕事のことは忘れることにしていました。家へ帰ってご飯食べて寝たら終わり。1日のことはその日に完結し、翌朝は新たな気持ちで向かう、そんな感じです(笑)。また、週一のテニスでボールを打つことでイヤなことは発散していました。
あと、自分で決めていたことが一つあって、それは残業を極力しないための時間管理です。8時半の始業に合わせて5時39分の電車で座っていく。そして、終業は19時までと決めて、19時33分の電車で座って帰る。この二つを自分の中のルールとして決めていました。自分でルールを決めていけばうまくやっていけるものです。
企業内カウンセリングの価値を高めるお手伝いをしていきたい
編集部:それでは、最後に、フリーランスになられた渡部さんの今後の抱負をお聞かせ下さい。
渡部:私はレンタルのニッケンという会社の中で試行錯誤しながら社内カウンセリングの手法をなんとか作ってきたわけですが、この経験を1社だけで終わらせるのではなく、他の企業にもお伝えしていきたいですね。
そのためにも、企業の中にコアとなるカウンセラーを1人立てて、その人が独り立ちできるまでをきっちりサポートしたいと思っています。
私自身、アウトソーシングのカウンセラーも経験もしましたが、やはり、カウンセラーは企業の中にいるべきだと思います。企業の中に産業医は常駐しているけれど、カウンセラーはいないというところもまだまだ多いです。ですが、私の経験上、現場の声をきめ細かく聴いたり、気になるケースがあれば、「この人みてください」と医者に橋かけができるコーディネータ的な存在として、産業カウンセラーがいるといないとでその違いはとても大きいです。
編集部:産業カウンセラーの資格はとったけれど、活かしきれていないというカウンセラーさんもいそうですね。
渡部:会社の理解度の問題も大きいです。最終的には従業員の働きがいや、企業の生産性にまで影響があるのですから、経営層を巻き込んでいくという視点がとても大事だと思います。
それぞれ状況の異なる企業に、よりマッチした形を模索しながら、企業内カウンセリングが当然になる世の中を目指したいです。
渡部富美子(わたなべふみこ)FUMIKO WATANABE
相聞コンチェルト代表 渡部富美子 (株)金融R&BMFP研修社 主席講師
約20年(株)ヤマト運輸の社員教育を行い、その後カウンセラーの資格を活かし、(株)レンタルのニッケンの管理職にて「健康相談センター」を12年で確立後、現職。
組織と個人をメンタルヘルスで繫ぐ「現場重視」の産業カウンセラー又、企業内に「社内EAP」を設立するアドバイザーとして、講演・研修・執筆を行っている。
編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部