モットーは「出張る」こと。信頼につながったカウンセリングの秘策とは? 産業カウンセラー 渡部富美子さん 前篇

今回の「こころトーク」は、産業カウンセラーでキャリアコンサルタントの渡部富美子さん。職場のカウンセリング黎明期に大手メーカーの相談室を立ち上げ、こころのバランスの測定器を片手に日本全国津々浦々を駆け巡って企業内カウンセラーとして5000件を超えるカウンセリングを行ったのち、今はフリーランスとして企業のヘルスプロモーションをサポートします。現場経験での試行錯誤から確立した独自のカウンセリング手法とはどのようなものだったのか?企業におけるカウンセラーの重要性を改めて考えさせられるお話を、前篇、後篇2回に渡ってお届けします。


とある企業の相談室立ち上げが人生を変えるきっかけに

編集部:よろしくお願いします。まずは、渡部さんはなぜ産業カウンセラーの道を選ばれたのかをお聞かせください。

渡部:私はもともとヤマト運輸の本社で20年近く、社員教育や接客マナーのインストラクターをしていました。人前で話す仕事をしていたわけですが、そんな中で、研修生やサービスの聴く側の気持ちも知っておいた方がいいな、と思うようになり、人の話を聴くことを学ぼうと思って産業カウンセラーの勉強をしました。

資格を取得すると、今度はカウンセラーとしての仕事に興味が出て、キャリアカウンセラーの資格も取得して、ハローワークでの仕事や企業のアウトソーシングなどでカウンセラーをしました。そして、カウンセラーとして正社員になる道を探していたときにレンタルのニッケンという会社の健康相談室の立ち上げの求人に出会いました。

 

編集部:いつ頃のお話ですか?

渡部:2007年のことです。レンタルのニッケンは、建設現場や各種作業所などに必要な機材や設備関連用品をレンタルする業務を中心に、様々な現場に必要な商品を開発している、全国約240ヵ所の拠点、社員は約3000人を超えるという大手会社でした。相談室は、本社の人事部の管轄で、立ち上げ時は健康管理を担当する人事部の相談員と、メンタルケア担当の私のたった2人体制でのスタートでした。

 

編集部:相当早い段階での企業の取り組みだと思いますが、どんな様子でしたか?

渡部:相談室立ち上げ当初は、既に診断書が本社に上がってきているケースがたくさんあり、正直、こころのケアというよりも、不調になってしまった後の対応、退職のサポートなどで手一杯でした。

全く異業種から来た私は、なぜ社員が不調になってしまったのかよくわからないまま、「なぜこんな状態になるまで、会社は放置していたんだ」と、社員が通う心療内科医に呼び出されて叱られたりしていました。

好きで始めた仕事でしたが、「こんなことで私は役に立っているのだろうか?」と思うことも少なくありませんでした。

 

全国240ヵ所に出張る作戦を決行

編集部:そんな中で、どうやって出張る、つまり出張面談へ切り替えたのですか?

渡部:そうこうしているうちに、リーマンショックがあり、多くの企業と同様に希望退職制度もあった影響で、相談室の不調者対応も少しずつ落ち着きを見せ始めたのです。

同時に、私の中では、「現場に行ってみないと不調になった原因がわからない」「行けば何かわかるのでは?」という思いが強くなっていました。

ただ、本社の人事部の人間が、不調者だけに会うために営業所へ出向くとなると、本人もその上司も構えてしまいます。ですから、私は、北は北海道から南は九州まで、全国240ヵ所ある営業所を1つずつ、健常者も不調者もアルバイトさんも契約社員の方も、会社で働く全員を見て回ることに目標を定めたのです。

この決断から、9年かけて全国の営業所を1巡する出張面談が私のライフワークになり、結果として最終的には360箇所以上の巡回を実施することができました。

 

震災直後に東北入り。社員一人ひとりのことばをひたすら傾聴

編集部:特に大変だった思い出というと何になりますか?

渡部:2011年に東日本大震災が起こりました。初めは、大変な状況なんだから営業所の巡回なんてしている場合ではないでしょ、との判断から本社で待機していたのですが、「いや、待て、現場で困っているのは所員ではないか?!」と考え直し、当時の営業本部長にお願いし復旧したばかりの新幹線を使ってすぐに宮城と石巻に行くことができました。

 

編集部:震災の直後に現場でお話を聴くのは想像以上に大変なことだと思います。

渡部:本当に...。幸いに社員は全員無事でしたが、家族を亡くされたり家がなくなったり、自らが被災して仮設住宅から通っている社員もたくさんいました。

ただ社員のみなさんは、そんな状況下でも「自分たちの住む町の人たちに機械を貸し出して、少しでも役立ててもらいたい」という強い使命感に燃えていて、とにかく寄り添って話を聴くことしかできない私は、逆に元気をもらっていました。

被災したばかりはみなさん気が張っていますが、少し時間が経った頃に、相当な心身疲労から事故を起こしてしまった社員もいましたし、本社に戻った後も、何かあれば、メールや電話でいつでも話せるようにしていました。場合によっては再度出張ることも厭いませんでした。

結局、震災後の2-3ヶ月は、行ったり来たりしながら、結果的に東北エリアは2巡、東北全域の営業所をくまなくカウンセリングして、パイプを強固にすることにもつながりました。

 

タブレットでこころとからだのバランスチェックが社員の心を開く?!

編集部:渡部さんは、巡回面談のとき、必ずこころとからだのバランスをチェックするツールを使ってこられたとお聞きしました。

渡部:はい。人差し指をキャップに差し込んで、血流から指尖(しせん)脈波というものを読み取り、ストレス度やこころの柔軟性をわかりやすく可視化するものです。

やり方は簡単で、まず人差し指で体の状態を1分間測定して、そのあと4段階評価で答える簡易なストレスチェックの設問に答えてもらいます。

このツールのすばらしいところは、自己評価だけでなく、からだから発する脈波の情報も併せて見られることです。ストレスチェックなどの自己評価では、コントロールされた回答になることもありますが、からだは嘘をつきません。自分が正直に言えていないことが体は正直に伝えてくれて、さらにお医者さんではないカウンセラーでもきちんと理解して使いこなすことが可能です。

そして、この測定結果で、特に重視するのは、自己申告のアンケート結果で出てくる「疲労」「不安」「抑うつ」のスコアと、実際に体を計測して出たスコアや状態との乖離があるケースです。

そこに乖離があるということは、自分の体の状態のことがわかっていなかったり、自分の思いと体がバラバラになってしまっているということで、注意が必要なのです。

 

編集部:限られた時間の中で、客観的に一人ひとりの心と体をみることができるということですね。

渡部:当初は、せっかく出張面談に行くのだから…ということで、営業所に出張るたびに、お土産的な軽い気持ちで端末を携えて行きました。

ですが、ツールも使ってカウンセリングをしてみると、「測るのも面白いし、当たっている」と社員からは好評で、巡回に行くとカウンセリングも計測も喜んでもらえるようになっていきました。

 

編集部:カウンセラーとの距離が縮まった感じですね。

渡部:本社から人が来るというと、監査とか叱られるとか悪いイメージを連想されることが多いです。そんな中で、話を聴くといっても、「聴いてどうなるの?」という態度をとられかねません。

でも、客観的な、しかもその人自身の体から発するデータを活用することで、実はなかなか言いづらい気持ちがぽろっと出てきたりもします。

もちろん、カウンセリングでは、目の前の人の話を傾聴するが大前提ですから、タブレット端末はあくまでも相談を潤滑にするサポートツールの一環なのですが。結果的に、この1台のお陰で、相談者のみならず、カウンセラーである私自身も大いに助けられました。

 

 

後篇に続く


渡部富美子(わたなべふみこ)FUMIKO WATANABE

 

相聞コンチェルト代表 渡部富美子 (株)金融R&BMFP研修社 主席講師
約20年(株)ヤマト運輸の社員教育を行い、その後カウンセラーの資格を活かし、(株)レンタルのニッケンの管理職にて「健康相談センター」を12年で確立後、現職。
組織と個人をメンタルヘルスで繫ぐ「現場重視」の産業カウンセラー又、企業内に「社内EAP」を設立するアドバイザーとして、講演・研修・執筆を行っている。


編集:COCOLOLO ライフ magazine 編集部