4つのボディワークから見た、あるべき呼吸とは?〜フェルデンクライス、ヤムナメソッドの専門家に学ぶ(後編)

フェルデンクライス--若狭利夫さん

若狭利夫さんによるフェルデンクライスの紹介が行われた。

若狭さんによれば、フェルデンクライス・メソッドの創始者はロシア生まれでイスラエルを中心に活動したモシェ・フェルデンクライス博士。同メソッドの基本的な考え方は「脳の状態を整えれば自然と動作の質は高まり、ひいては心身の健康につながる」というもの。博士自身が柔道における「丹田」の概念を西欧に伝えた人物としても知られることから、東洋的なメソッドとも評されるのだという。

フェルデンクライスではフランクリンメソッド同様、「どうあるべきか」は本来身体そのものが知っているという前提に立つ。そのため、自分の身体に耳を傾けることが重要であるとされ、より具体的には赤ちゃんの動きを参考にするのだという。そこで大切にされるのは、赤ちゃんのように目標を定めずにプロセス自体を楽しむこと、そして、一般的なトレーニングの考え方とは逆に、疲れたら休むことだ。

「脳は休むことでそれまでやっていた作業から解放され、統合の機能を発揮する。これこそが本来の学習である」と若狭さんは言う。フェルデンクライスはこのように、生来備わった機能をちゃんと活用することを目指す。こうしたプロセスを重ねることで、「自分にとって楽な状態とは何かを感じる感覚が増えていき、必要な睡眠、食事、運動とは何かが自然と分かるようになってくる」のだという。

呼吸に関しても同様のことが言えるようだ。「赤ちゃんは動作に呼吸を合わせるのではなく、呼吸に動作を合わせる」と若狭さん。フェルデンクライスでは赤ちゃんのように寝転がったり逆立ちしたりと様々な動作を行いながら、「呼吸のリズムに合わせて動く」という本来のあり方を身体に思い出させていく。

セッションではその一環として、様々な姿勢を取りながら、体内に入っている風船を膨らませたりしぼませたりするイメージを使って、凝り固まった胸郭を自由にするエクササイズを行った。ここでも、「胸郭が自由になると、それを脳が学習していく。体幹から動くとかいったそれ以上のことは、結果として自然と身体がやってくれる」と説明されていた。

 

ヤムナメソッド--鈴木智さん

最後に登壇したのはヤムナメソッドの鈴木智さんだ。

鈴木さんによれば、ヤムナメソッドの創始者ヤムナ・ゼイクはもともとヨガをバックグラウンドに持つ。自身が出産の際に身体を痛めたことがきっかけで、ヨガの難しいポーズをとるのを助けるための施術の方法として始まったという。そこから、ボールを使ったセルフケアとコンディショニングのメソッドとしてのボディローリングなどが派生していった。

その基本的な考え方は、「Structure rules Function=構造が機能を司る」という言葉に象徴されるように、「身体の構造が本来あるべき姿にあれば、機能は自然と備わる」というものだ。だが、人間は生活を続けていると次第に重力に負けて構造が崩れ、体内に本来必要なはずの空間がなくなってしまう。そのため、様々な方法により本来あるべき身体の構造を整えようというのが、ヤムナメソッドの目指すところということになる。

具体的には、骨と筋肉を刺激し、牽引することで正しい場所へと導くのだという。特にボディローリングでは、大小様々なボールを使い分けることでそれを行う。ボールを使うことのメリットを鈴木さんは「歩いているだけでは縦方向からしか得られなかった刺激を前後左右、様々な方向から与えられる。それにより骨の代謝や骨密度を活性化し、筋肉を伸ばすことができる」と説明する。

当然、正しい呼吸(=機能)をするのにも正しい構造が必要だ。横隔膜が収縮するのには胸郭がしっかり動けることが重要だし、そもそも肺が広がるための十分なスペースが確保されていることも必要になる。セッションではそのためのアプローチとして、胸郭にボールを当てて押し広げるようなエクササイズを行った。

一方で呼吸には、それ自体にヤムナの様々なエクササイズを行う助けになる側面もあるという。鈴木さんは「内側からは呼吸で、外側からはボールで圧を加えることが、身体を360度押し広げる」などと話し、ヤムナにおける呼吸の重要性を強調していた。

 

「気付く」ことこそ「変わる」ための第一歩

セッションでは、それぞれのボディワークの創始者らが残したいくつかの言葉が引用された。最後にその中から特に印象的だったものを紹介したい。

まず、若狭さんはフェルデンクライス博士の「人間は常に学習する能力によって変容する可能性を秘めている」という言葉を引用した。その背景には、「変わる」ことを是とするフェルデンクライスの考え方がある。「フェルデンクライスが目指すあるがままにある状態とは、決して現状に固執することではない。むしろ変わり続けるのが人間という生き物だ」と若狭さんは訴える。

そしてもう一つは、青木さんが自身のパートの最後で紹介していた、ユダヤ人精神科医ヴィクトール・フランクルの言葉だ。

「刺激と反応の間には、スペースがある。そのスペースの中に、自らの反応を選択する自由と力がある。私たちの成長と幸福は、私たちの選ぶ反応にかかっている」

第二次大戦中のナチス収容所を生き抜いたフランクルが著書『夜と霧』に記したこの言葉は、社会のあるべき姿を説いたものだ。だが「これはそのまま人間の身体についても言えること」と青木さんは言う。

呼吸に代表されるように、私たちは普段、様々なことを無意識に行っている。習慣化されてしまうと、たとえそれが自分にとって不利なパターンだったとしても、条件反射的に同じことを繰り返してしまう。「でも、気付けばそれを変えられる可能性がある」と青木さん。

2人の話を合わせて考えれば、人間の本質は「変わる」ことであり、「気付く」ことこそが「変わる」ための第一歩ということになる。いついかなる時も「こうあるべき」という正解があるのではなく、その時々にどうあることが自分にとって心地良いのか、身体が発する声に耳を傾け、そのことをちゃんと感じ取れるようになることこそ、4つのメソッドが共通して目指す姿と言えるのではないだろうか。

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