歯科医とヨガの意外な関係〜あいうべ体操の今井一彰が健康と仕事の“常識”を覆す(中編)

治療は医師にしかできないが、予防は工夫次第で誰にでもできる

山中 これは先生の受け売りですが、歯磨きは誰でも決まって毎日しますよね? 人間が行うさまざまな行為のうち、もっとも習慣化された行為が歯磨きなんです。そのことから考えても、全身の中でもっとも地道にケアし続けられるのが口ということ。そこに積極的に関与できる歯科医という職業の可能性を感じますね。

今井 そうです。でも残念なことに、多くの歯科の先生たちは自分たちの仕事にすごく価値があるということに気付いていない。だから私はいつも、「仕事の再定義をしよう」と呼びかけているんです。ちょっと考え方を変えるだけで、歯科医の仕事はものすごく価値のあるものとなる。これからは「歯科は呼吸」の時代なんだから、と。

山中 風邪を引く前に風邪の予防のために内科に行くという人はいませんが、歯科には、検診だったり歯石とりだったりで、病気になる前の人がたくさん訪れます。そういう人たちに対して、何気ない会話の中で正しい呼吸法を啓発するというだけでも、多くの人の健康に寄与できるということですよね。

今井 そうです。現に歯科の場合は、かかりつけの医師がいると病気が減って、医療費が減るということがデータとして出ています。今、歯科は全国に6万8000件あると言われていますが、5万店舗あると言われるコンビニよりも多いこの資源をどう活用するかによって、日本人の健康は大きく変わってくるということです。

山中 それでも今井先生の活動のおかげで、世の中の意識もだいぶ変わってきていると感じます。ちょうど昨日、子供の幼稚園の参観に行ってきたんですが、ふと掲示板を見たら、「口呼吸ってどういうこと?」って書いてあって。呼吸の問題の大切さというのが、ジリジリと一般の人にも分かる形で広がっているんだなあと実感しました。

今井 そういう動きが出てきたのはここ5年くらいのように思います。それまでは、あいうべ体操とか言っていても見向きもされませんでしたから。

講演に行った時の反応なども明らかに違いますね。例えば、「舌の位置は上顎についた状態が正しい」ということを言うと、以前であれば「なるほど、そうなのか!」という反応だったのが、最近では「うん、それは知ってる」というように反応が変わってきていて、何か新しい話をしなきゃと焦らされるくらいですから。

——最近は「未病」というキーワードを耳にする機会も増えました。そういう考えが一般にも浸透してきている、と?

今井 まだまだですが、その芽は出てきていると思います。そこで強調したいのが、予防というのは本来、工夫次第で誰にでもできることだということです。

今の子供たちはご飯を食べる時に、よく噛まずに水で流し込もうとする。それじゃあ口周りの筋肉が衰えるから、「しっかり噛んで食べなさい」と大人は言うけれど、それだけでは子供は言うことを聞きません。「噛まないと食べられない硬い食べ物を与える」というのも、最近の幼稚園ではメニュー一つ変えるのにもいろいろと決まりがあって、簡単ではないようです。

ではどうするか。岐阜県のある幼稚園では、食べる時には水分を与えず、全部食べ終わってから水分を取るようにしたそうです。そうすると子供たちは、黙っていてもしっかり噛んで食べるようになるんです。これも一つの工夫。食事の順番を変えただけでも結果は出るんです。

山中 このことは小学校でも実証されていて、インフルエンザの発症率が低下するという結果が出ているそうです。私の知り合いの歯科医師が経営されている保育園では、おやつの時間にフランスパンを出すようにしているそうですが、これも同じような狙いですよね。

今井 そう。つまり、幼稚園や保育園の先生に治療はできないけれど、予防はできるということです。ヨガのスタジオがやっていることというのも、おそらくこれと同じでしょう。

医者としては、自分が生業としている治療の部分を手放したくないという心理がどうしても働くでしょうが、昨今の医療費の増大を考えても、それを解放して誰でも予防できるようにするというのが、今後の医療のトレンドになるだろうと思います。

ちなみに、私の知っているお母さんで、子供にはフランスパンがいいという話を鵜呑みにして与えているんだけど、「硬いだろうから」と言って皮を剥いであげていた方がいました(笑)。私はこれを「優しい虐待」と呼んでいるんです。

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